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『クイーンズブレイド~もう一つの物語~』 エピソード04「魔女の使い魔」
2010年 3月 31日(水曜日)

■エピソード04「魔女の使い魔」

 気乗りはしない。
 だが、じっとしていては落ち着かない。
 恐れている自分がいる。
 楽しみにしている自分もいる。
 "いつものように出かける"、ただそれだけのことで、シャムの気持ちは乱れていた。
 原因は、わかっている。
 レイナだ。
 ――夢にまで出てきたし……
 シャムは、頬にそっと手を当てた。ここに薬を塗っていくれたレイナの指の優しさは、今でも鮮明に思い出せる。
 ――夢の中では指の動きが大胆になって、頬だけじゃなく、あんなところまで……
 自分の表情が、いつしか悩みとは無縁の緩みきったものになっているのに気づき、シャムは思考を仕切り直す。
「ここで深刻に悩んでも仕方ないかな」
 あの時、レイナは確かに「峠に向かう」とは言っていたが、それが、いつなのかはわからない。シャムが峠に行ったとしても、すれ違いになる可能性も十分にある。
 ――それはそれで残念な気がする。
 レイナは、旅人襲撃の真偽を確かめようとしている。理由はともかくとしてそれを行なってきたのはシャムだ。好感を持った相手にそれを伝えるのは心苦しいし、場合によっては、ぶつかりあうことになるかもしれない。
 ――でも、どこかそれを楽しみにしている自分もいる。
 レイナが持つ芯の通った心の強さを直に感じ、その実力の一端も実際に見た。まともにやり合えば勝てないことはわかりきっている。それでも…。
 ――試してみたい。
 と思うのは、自分にも美闘士を目指すものとしての自覚がでてきたといことだろうかと、シャムは考える。
「お説教だけですんじゃいそうな気もするけどね。意外とお人好しそうだったし」
 恩人に対して、それは失礼かな、と思いつつ、シャムの表情は吹っ切れたものとなった。
「行こう!」


 “白骨峠”
 恐ろしげな名前にふさわしく、厳しく荒涼とした峠道である。だが、王国の実力者であるヴァンス伯爵の領地にほど近く、彼に名を売ろうとする、腕に覚えのある者たちが集まってくる。それに目をつけたシャムは、ここを修行の拠点としていたのだが……
「……」
 シャムは気を失っていた。
「……っ!」
 シャムのまぶたが震え、目が開けられる。だが、焦点がよく定まっていない。頭を振って体を起こそうとするが、上手くいかない。
 ――何が…起き…たの?
 シャムは立ち上がることを諦め、地面に横たわったまま、混乱した記憶を回復しようと努める。
 ――そうだ、あの変な女が……
 シャムは、白骨峠に到着したときのことを思い出した。

 桃色の髪に長い耳飾り(?)、きわどい服をきた少女。シャムが峠に到着したとき、彼女の前に現れたのはレイナではなかった。
 ――こんな娘がなぜこの峠に?
 見たところ、丸腰のようだし、この峠では、まさに場違いだ。いぶかしく思うシャムに声がかかる。
「ボク、キミに聞きたいことがあるんだけど」
 無邪気そうな声。だが、その声になぜかシャムの肌は粟立つ。
「キミも、なんか美闘士っぽいよね。じゃあさ……」
 少女の目が妖しく光る。
「ヴァンス伯爵家の美闘士について、何か知ってることはない?」
「!」
 シャムの脳裏にレイナの顔が浮かぶ。内心の動揺を悟られないよう、シャムは言葉短に答えた。
「いや」
「……本当に?」
 少女の目がすっと細まり、声の高さが一段低くなる。直感ではあったが、シャムは目の前の少女の危険性を確信する。
 ――レイナと会わせてはいけない!
 シャムは、決意を固めた
「お貴族様に知り合いはいないね。私は急いでいるから」
「……」
 シャムは少女の横を抜けつつ、悟られないよう死角をとる。少女は何かを考えているのか無反応だ。
 位置取り。距離。頃合いは十分。
 ――いける!
 シャムは、抜き打ちを放った。
 ――うまく不意をつけた! まずは気を失わせて……
 刹那。
 少女の髪が膨れ上がった。それが巨大な拳だと気づく前にシャムの意識は暗転した。

「くそっ、反則だ……」
 シャムは思わず毒づいた。記憶と意識ははっきりとしてきたものの、まだ体を自由に動かすことはできない。辺りに視線を配るが、少女の姿は見当たらない。
 ――いったいどこに?
 訝しく思いながらも、シャムは再度身を起こそうと試みる。その時、彼女は自分の体が、透明な粘液に包まれていることに気づく。
「あいつ、何をした? 気持ち…悪い?」 
 シャムは、異変に気づく。体を包んだ粘液が生き物のように細やかに動いている。しかも気持ち悪いというより、むしろ……
「ひぁっ」
 変な声を漏らしそうになり、慌てるシャム。そこに、いきなり声がかかる。
「不意打ちとはひどいなぁ」
「!?」
 シャムの目の前で粘液が盛り上がり、あの少女を形作っていく。驚きで言葉を失ったシャムを見下ろしながら少女は言葉を続ける。
「弱っちい割にはいい攻撃だったよ。やっぱり弱っちけどね」
「な、何を……あっ」
 全身に絶え間なく加えられる刺激、先程までとは違った意味で、シャムの体には力が入らない。
「やっぱりキミ、何かをしってるよね?」
「お、お前、何者? …ひんっ」
 少女は首をかしげた。
「ボク? メローナだよ?」
「名前じゃっ…ないっ…」
 シャムの言葉で、メローナは不機嫌さをあらわにした。
「キミ、立場わかってる? 聞いているのはボ・ク」
「……っぁ」
 メローナは、残酷な笑みを浮かべた。
「ずいぶん気持ちが良さそうだけど、こんなのはどう?」
 シャムに与えられる刺激が一気に変わる。それは予想外のものだった。
「あはっ、はははははははははっ!」
「笑い死ぬってのは、どんな気持ちなのかな」
 くすぐり。子ども同士がふざけてやりあうような、生易しいものではなく、全身に加えられるそれは、もはや苦痛だ。シャムは言葉を失い、体をのけぞらせた。
「………っ!………っ!」
「ほらほら、いわないと本当に死んじゃうかもね」
 その言葉とともに、メローナはくすぐりの手を少し緩める。シャムは涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら懇願した。
「いいまふ、いいまふから、もうやめてぇ…」

 結局、シャムは知っていることの殆どをしゃべらされた。先日、美闘士に危機を救われたこと、その美闘士がヴァンス家の者であること、そして、この峠を目指していること……。シャムにできるささやかな抵抗は、レイナの名前を告げないことぐらいだった。
「……ここで待っているのが……いや」
 独り言をつぶやいていたメローナが、ふとこちらを向く。
「ああ、まだキミいたの」
「え?」
 メローナは、ひらひらと手を振った。
「沼地の魔女様には"強いヤツ"をつぶせっていわれてるからね。弱っちいキミにもう用はないよ」
「くっ」
 悔しさに震えるシャム。冷ややかにそれを見つめるメローナの表情が、何かを思いついたそれへと変わる。
「まあ、情報も教えてくれたしね。お礼にこんなのはどう?」
 メローナの姿が大きく変化していく。顔、体型、服……そこに立っていたのはもう一人の"シャム"だった。


「さっき念入りに調べたから完璧だよ。これでヴァンス家の美闘士をやっちゃえば。キミも有名に……」
 ――私の形をした何かがレイナを!?
 剣を拾い、ゆらりとシャムは立ち上がった。
 ――そんなことはさせない!
 刺し違える覚悟で、メローラに向かって踏み出すシャム。
 だが、
 痛めつけられた体は、シャムを裏切った。足元を崩し、シャムは大きくよろめく。その先には崖が口を開いていた。
「自爆?」
 怪訝そうにシャムが落ちていった先を見るメローナ。だがすぐに興味を失った様子でつぶやいた。
「まいっか。……ボクは本命を待ちましょう」

 崖を滑り落ちながら、シャムの意識は遠くなっていく。
 ――レイナ……ごめん……。

『魔女の使い魔』完

■次回予告
 メローナによって打ちのめされたシャム。自己嫌悪とやり場の無い怒りに苛まれる彼女の前に、また一人の美闘士が現れる。
次回『シャムの或る日の憂鬱』

■ストーリー原案:土産物屋ハンス
■イラスト:堺はまち鈴眼 依縫
■テキスト:十之三乗


 
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