このまま串刺しにされる――
アンネロッテが覚悟を決めたその時。
クローデット:「良い、放してやれ」
テラスから飛び降りたクローデットは、音もなくアンネロッテの前に着地する。
まるで、重力すらも支配下しているかのようだった。
クローデット:「単身ここまで乗り込んでくるとはな……」
そう言うと、アンネロッテの前にランスを転がす。ランスは役目を終えたように元の剣の形に戻った。
クローデット:「冥界の馬に、形を変える魔法の剣か……なかなか面白い物を持っている」
アンネロッテ:「……どういうつもりだ?」
クローデット:「戯れに、おぬしにチャンスをやろうと思ったのだ」
アンネロッテ:「なんだと……」
クローデット:「私の首が欲しいのだろう? さあ、来るがいい」
どういうつもりなのか、女王は兵たちを下がらせてまでアンネロッテと対峙する。
罠かもしれない――
しかし、これ以上のチャンスは二度とやってこないだろう。
アンネロッテは剣を取り立ち上がった。
アンネロッテ:「わが名はクロイツ辺境伯が一子にして騎士団最後の1人、アンネロッテ」
クローデット:「クロイツ……? 確か、世継ぎは男だったはずだが」
アンネロッテ:「今さらどうでもいいことだろう。クロイツ辺境伯領はもうない」
貴様がすべて焼き払ったのだから――
アンネロッテは怒りに満ちたその言葉をグッと飲み込んだ。
クローデット:「ククク……確かにその取りだ」
アンネロッテ:「貴様も剣を抜け」
クローデット:「……いや、必要ない」
フードから覗く口元がアンネロッテを嘲笑するように歪んだ。
アンネロッテ:「その言葉、後悔するぞ!」
剣を構えたアンネロッテがクローデットに突進する。
ランスによる騎馬戦を得意とするアンネロッテらしい、速さと一撃必殺の威力を合わせ持った突きが女王を捉える。
だが――
アンネロッテ:「え……?」
確かに剣の切っ先がローブに触れたと思った瞬間、クローデットの姿がかき消えた。
クローデット:「なるほど、人間にしては良い動きだ」
耳元で女王が囁いた直後、アンネロッテの体を雷撃が襲った。
アンネロッテ:「ああっ!?」
ビクンッ! とアンネロッテの体が弓なりに反り返ると、そのまま地面に倒れ伏す。
アンネロッテ:「あ……あっ……くぅ……」
苦しげに喘ぐアンネロッテを見下ろし、クローデットは愉快そうに笑う。
クローデット:「どうした、もう終わりか?」
雷雲の将。かつて、雷の力を自在に操ることから、クローデットはそう呼ばれていた。
女王となった今でもその力は失われていないどころか、よりいっそう強くなった。
ローブの表面に走る紫電は、鎌首をもたげる大蛇のように禍々しい。
アンネロッテ:「お、おのれ……」
痙攣の収まらない足に活を入れ立ち上がったアンネロッテは、ふたたび剣を構える。
クローデット:「まだあがくか、女」
アンネロッテ:「当たり前だ……その命尽きるまで、騎士は膝を屈することなどない!」
クローデット:「そうか……」
アンネロッテは剣を振り上げた。
クローデット:「ならば、死よりもなお辛い屈辱を与えてやろう」
ローブから突き出された手からふたたび雷撃が走る。
アンネロッテ:「ああああっ!」
雷撃に貫かれアンネロッテの体が硬直する。
筋肉が弛緩し、倒れることもできず立ちつくすアンネロッテにクローデットはゆっくりと近づいていく。
クローデット:「どうした? 貴様が殺したい女王は目の前にいるぞ」
アンネロッテ:「あ……ああ……」
クローデット:「ふむ、まだ意識はあるか……いいぞ、楽しめそうだ」
クローデットは片手でアンネロッテの首筋を掴んで持ち上げる。
アンネロッテ:「うぐ……あ……が……」
アンネロッテは、開いた口から苦しげなうめきを漏らす。
ク
ローデット:「どうした、おぬしの口はだらしなく涎を垂らすことしかできぬのか」
クローデットの指が白い首筋へ徐々に食い込んでいく。
アンネロッテ:「ぐ……あ……」
クローデット:「ククク……まるで、餌を欲しがる雌犬だな」
アンネロッテ:「(お……おのれ!)」
血の気を失いはじめていたアンネロッテの顔が一瞬で怒りに歪む。
クローデット:「そうでなくては面白くない」
クローデットは空いた手で、アンネロッテの胸当てを引きちぎった。
カタチの良いふくらみが、目の前にこぼれ出る。
クローデット:「どう見ても女の身体ではないか。なぜこれまで男だと偽っていたのだ?」
アンネロッテ:「だ、だまれ……」
怒りと羞恥でアンネロッテの頬が紅潮していく。
アンネロッテ:「(もう少し、体の痺れが消え、もう一度剣を振るえるようになるまで耐えるんだ……!)」
必死に恥辱に耐えるアンネロッテだったが、民衆や兵たちの前でのクローデットの公開尋問は執拗に続けられた。
クローデット:「なにか理由があるのか? 答えよ」
アンネロッテ:「あう――!?」
クローデットの指先がアンネロッテの乳房の尖端に伸びる。
クローデット:「じっくり……お前の秘密を暴いてやろう」
アンネロッテ:「ああああああああっ!」
女王の指先から雷撃が迸った。
先ほどの雷撃からすれば、かなり威力を押さえたもの。
だが、アンネロッテにとって敏感な部分に走った痛みは今まで感じたことのないものだった。
アンネロッテ:「ああっ! あうっ! くああ!?」
続けてアンネロッテの乳房に雷撃が走る。
無様に悲鳴などあげまいと思っていても、意に反するようにアンネロッテの口から悲鳴がこぼれた。
クローデット:「なかなか強情な娘だ。面白くなってきた……」
抗うこともできず、アンネロッテただひたすらその責め苦に耐えるしかない。
だが、それでも、心だけは折れていなかった。
アンネロッテ:「(こんな……こんなことで……負けるわけにはいかない!)」
すでに四肢の感覚はなくなり、自分がちゃんと剣を握っているかも定かではなかったが、それでもアンネロッテは最後の力を振り絞り剣を突き出す。
クローデット:「なに……!?」
剣は女王のフードに隠れた顔をかすめただけだった。
だが、クローデットの頬には一筋の赤い線を刻んでいた。
アンネロッテ:「(負けた……私の運命は、ここまでか……)」
自分はここで死ぬのだろう。
だが、後悔はない。なぜなら自分は騎士として戦い騎士として死ぬのだから。
気を失い地面に横たわるアンネロッテの顔には、自然と笑みが浮かんでいた。
クローデット:「私に傷を負わせた者は久方ぶりだ……ますます殺すのが惜しくなった」
女王は自らの頬に走った傷跡を指先でなぞり、口元を歪ませる。
クローデット:「この娘を牢へ繋いでおけ」
兵たちは、力なく横たわるアンネロッテを乱暴に引き起こす。
クローデット:「こやつはただの娘ではないようだ。その正体、じっくりと明かしてくれよう。そう、その仕事にうってつけの者がいるからな……クククク」
フードの奥から低い笑いがこぼれた。
それは、かつて鋼の意思を持つと言われた将とは思えない邪な笑みだった。
女王の圧倒的なまでの力の前に、アンネロッテは無惨に敗北した。
その光景は、多くの民衆が、兵士が、そして闘士たちが目の当たりにするものとなった。
彼らにアンネロッテに対する嘲りや憐憫などはない。
ただ、魂の奥底から沸き上がる何かを感じていた。
それが、新たな希望への光だとは知らずに……
// 第1話「騎士姫」END
ストーリーテキスト:松智洋、イラスト:蔓木鋼音