|
2010年 1月 14日(木曜日) |
|
激動編 第4話「魔人の血、ふたたび」
「お兄ちゃん、ダメ! 絶対に罠よ!」
「判っている。だけど」
補給部隊が女王軍の待ち伏せに遭い、孤立しているという情報がもたらされたのは、その日の早朝だった。
誤解を解き、再び仲間になってくれたターニャンとサイニャンとが食い止めているが、手をこまねいていては圧倒的な敵の前に押し潰されてしまうのは明らか。
それでも軍を動かすべきではないと訴えるユイットに対し、首を横に振って答えたアンネロッテであった。
「だけど、、仲間を見捨てることはできない……それをしてしまっては、なんのために戦っているのか、その意味が失われてしまう気がするんだ」
「……判った、お兄ちゃんがそうまで言うなら……でも、約束して」
「約束?」
「そう、あたしも一緒に連れていって。ううん、動ける兵士、全員で出ましょう。中途半端な戦力で打って出ても返り討ちに遭うだけだわ」
「ありがとう……ユイット」
アンネロッテが手を伸ばし、ユイットの頭を撫でる。くすぐったそうに目を細めたユイットは、それでもどこか誇らしげに見えた。
「では……征くぞ、アンブロシアス、来い!」
彼女の呼び声に応え、虚空から霊馬アンブロシアスが現れ、高くいなないた。
「征くぞ、我らの総力を挙げて、仲間達を救い出す!」
|

|
結果から言えば、アンネロッテたちは間に合った。
補給部隊が待ち伏せられていた場所は、片側を崖、片側を峡谷に挟まれた一本道であった。
ユイットが提案した崖上からの奇襲作戦によって、ターニャンたちを包囲していた女王軍に混乱が生じ、その隙をついて合流に成功。くさびの陣形を取ってそのまま包囲を突っ切り、脱出する作戦は成功すると思われた。
だが、その目論見はまだ、楽観的過ぎたと言わざるを得ない。
敵は、女王軍は、アンネロッテたちをたたきつぶすために、女王軍最強の兵を送り出していたのだ。
「ヴァンテ! あいつを、“超振動戦乙女”ミリムを止めてっ!」
「ガオーンッ!」
「ひゃ……こ、来ないで、来ないでください~っ!」
ターニャンとサイニャンをいとも簡単に斬り倒したミリムに向かって、ヴァンテが突撃する。
「どれだけ身体を強化しようとも、これなら効くはずっ! ヴァンテ、ソニックブラスト!」
「ガアオッ! ガ、ガ、ガ、ア、ア、アアアアアアアアッ!」
ヴァンテの口から放たれた叫びが、衝撃波となってミリムに襲いかかる!
「ひああ! う、うるさあああいっ!」
両耳を押さえてうずくまるミリム。それを勝機とばかりに、アンネロッテが叫ぶ。
「今だっ! 今のうちに、退却! 動ける者は負傷者を助けて、進めっ!」
突破口を目指し、叛乱軍兵士たちが走る。
だが、その戦闘から悲鳴と血飛沫が上がり、ばたばたと兵士たちが倒れてゆく。
「おーっと、そーゆーわけにいかないのよねえ、フフ、クローデットお姉様に、叛乱軍を叩き潰せって言われちゃってるんだから」
斃れた兵士たちを眺めながら、その前で笑うのは“牙を統べる者”エリナ。
「何てこと……! ミリムだけでも大変なのにっ……!」
ユイットが青ざめ、そしてその一瞬の躊躇が隙となった。
「てやあああ~っ!」
「ガオオン!」
身体の自由を取り戻したミリムが、ヴァンテを斬り倒す。
「ヴァンテ! お、お兄ちゃん……!」
ユイットの視線を受け止めたアンネロッテは、ぎりりと歯を食いしばった。
わたしの短慮のせいで、また仲間を失ってしまうのか?
では、仲間を見捨てて城に閉じこもっていれば良かったのか?
もっと……もっとわたしに力があれば……!
アンネロッテの心の中の呟きを、聞きつけた者がいた。
それは、アンネロッテの心の奥底から、隠しきれない含み笑いと共に囁きかける。
『代わって、やろうか?』
『誰だ……誰だ、お前は?』
『わたしは、お前さ。“狂騎士アンネロッテ”。血に飢え、戦いに飢えているくせに、なにかと理屈を並べなくては剣を振るい敵を倒すこともできない、お前に代わって敵を倒してやる……もう一人のお前自身だよ!』
『違う、違う! わたしは……仲間を、守る、ため……に……』
|

|
戦場の中央で黒い竜巻が起こったように、遠間から状況を観察していた“異端審問官”シギィには見えた。
「あれは……なんという禍々しい力……!」
ぎゅっと、聖印をかたどった槌矛を握りしめ、神への祈りの言葉を呟く。
時を置かずに、戦場に混乱が巻き起こったことがはっきりと判る。美しい銀髪をいつの間にか漆黒の色へと変じた“叛乱の騎士姫”アンネロッテが、まさに人間業とは思えぬ勢いで敵を蹴散らしているのだ。
……いや、それは敵だけではない。
進路を塞ぐ者であれば、敵でも味方でも構わない。そんな戦い方だった。
|
|
「話半分でしたが、“叛乱の騎士姫”アンネロッテが魔人であるというのは、嘘ではなかったようですわね……」
「シギィ様」
背後に控えたシギィの部下、神官戦士たちが様子を窺うように声を掛ける。
それに対して頷いてから、シギィは言った。
「征きますわよ。神の光届かぬ輩に、神の地上の代弁者として我らが神罰を下すのです」
|

|
「『聖なるポーズ』、『礼拝』!」
戦場に現れたシギィが高らかに宣言し、ゆっくりと僧衣を持ち上げながら神に祈ると、それまで戦場を支配していた混乱は一瞬で収まった。
その場にいた全員が、敵も味方も関係無く、下着を晒すようにして立っているシギィへ平伏したのである。
これぞ神の奇跡を顕現する「神聖力」である。
「ガオオン!」
錬金術で作られた機械人間、錬金鋼人であるヴァンテだけは、シギィの聖なるポーズの影響を受けない。だが、彼女に命令を下すユイットが自分の意思に反してシギィに跪かざるを得ない。そのためにヴァンテも命令待ちで棒立ちになってしまっていた。
「ちょ、ちょっと、なんであたしたちまで平伏しなきゃならないのよ! こんなの合理的じゃないよ!」
「ふわわ、う、動けませんっ……!」
エリナとミリムも、彼女たちが率いていた女王軍も、叛乱軍と同じように跪いてしまっている。
「神のご威光の前に、敵も味方もありませんわ」
自らがもたらした結果にうっとりとしつつ、シギィは告げる。
「それに……ミリム、あなたは邪悪なる錬金の戦士。限りなく異端者と同じ存在。この私に“審問”されてもおかしくはありません」
「ひうっ! わ、わたし、そんな……お祈りもしてたし、故郷にいる頃は兄弟と一緒に教会にだって行ったことがありますう~!」
「では、再び道を踏み外さぬよう、あとでゆっくりと『教育』しなくてはなりませんね」
優しく微笑んだシギィ。だが、その笑みに不吉なものを感じて、ミリムは身震いする。
「叛乱軍は邪悪な軍団だと聞いていましたが、その首魁が魔人であること、参謀が異端の錬金術を使う者であること、未開部族の異端者を仲間に引き入れていること……すべてが噂は真実だという証拠となります」
「こらぁ! 誰が未開部族の田舎者ネ!」
「ターニャン、そこ突っ込むところじゃないよ……」
「蛮人の教化は後回しに……それよりも……今は、彼女の相手をしなくてはいけないようですね」
シギィが振り返り、ただ一人『聖なるポーズ』の束縛から逃れようとしている騎士姫へと向き直った。
「う……ぐ、が……あ」
歯を食いしばり、瞳をらんらんと輝かせて、アンネロッテがじりじりと身体を起こす。
「さすがは魔人……と、言うべきでしょうか。神の束縛を振り切って動くなど、常人の成せる技ではありませんね」
ゆっくりとシギィが槌矛を構える。
「や、やめてえっ! お兄ちゃんは悪くないっ! 襲ってきたのだって、女王軍じゃないっ!」
「例えば……熊が人里を襲ったとして、ただ食料を求めに来ただけなのだからと、見逃されますか?」
ユイットの悲鳴を聞き流すシギィ。
「それに……相手が魔人であれば、“異端審問官”としてこれを見逃すことの方が、罪に当たりますわ」
自分に言い聞かせるように呟くと、シギィはアンネロッテに向き直り、声高にこう宣言した。
「“狂騎士”アンネロッテ、判決、有罪。火あぶりを妥当といたしますわ!」
「オオオオオ……! 殺す、殺す、殺すゥ!」
アンネロッテが、魔人の血の発現により漆黒に変じた髪を振り乱しながら、シギィへと距離を詰める。
ガキィン!
アンネロッテの剣、“グリム・ヴィナス”をシギィの槌矛が受け止め、流す。
「喰らえッ!」
火花を散らしながら、“グリム・ヴィナス”は剣から槍へとその形を変じ、軌道を変えてシギィへ突きを見舞おうとする。
「さすがは魔人の武器、油断なりませんわ。……でも、私が最強でしてよ」
シギィが叫びながら身体を捻ると、腰に巻かれていた鎖がじゃらりと広がり、アンネロッテの槍を絡め取る。
「グウッ!」
手首を捻られ、思わず苦痛のうめき声を上げるアンネロッテ。その手にあった槍が鎖に巻き取られ、はじき飛ばされてしまう。
ざぐっ!
「ひゃあ!」
宙を飛んだ槍が目の前の地面に突き立ったユイットは、思わず悲鳴を上げる。
「な、何すんのよぉ、危ないでしょっ!」
「うまく当たれば、火あぶりの手間が省けましたのに」
澄ました顔でそう答えるシギィ。その眼前で、獲物を奪われて歯を食いしばるアンネロッテ。
「さあ、観念なさってくださいましな」
一歩一歩、シギィがアンネロッテへと近付いてゆく。
接近さえすれば聖なる槌矛の力で、瞬時にアンネロッテを火あぶりの刑に処することができるのだ。
「ぐ、ぐ、ぐ……!」
迫り来る死に観念したか、アンネロッテが地に膝を突く。
「お兄ちゃん……!」
悲壮な声で、ユイットが叫ぶ。
「やだ……! 死なないで、お兄ちゃん、お兄ちゃんっ!」
その声が耳に届いたか、あるいは魔人の生存本能か。
「う……お、お、おおおおおおおっ!」
声の限りに吠えながら、アンネロッテが拳を堅く握りしめ、足元の地面を殴りつけた!
どおおんっ!
「悪あがきですか、ですが……え、な、なにっ?」
槌矛を振りかぶったまま、シギィが途惑いの声を上げる。ごごご……と、低い地鳴りの音が地面から、背後の崖から響いてくるのだ。
「ま、まさか……魔人の力、これほどまでとは……!」
崖が崩れ、地面が割れて峡谷へと落ちてゆく。その様子に顔を青ざめさせながらシギィは呟いた。
「死を悟って、私も道連れという算段なのでしょうが……そうは行きませんよ。死ぬのはあなたと、あなたの仲間の背教者たちだけで結構です!」
「た、大変ネ! このままじゃみんな谷底に落ちちゃうよ、逃げるネ!」
「はううう~、か、身体が動きません~!」
「……さっきの、あの女の術が、まだ解けてないんだ」
「サイニャン! なぁにを悠長に解説してるネ!」
「ヴァンテ! みんなを助けてっ!」
「ガオオ!」
混乱の中、いち早く体が自由となったユイットがヴァンテへの命令を操縦器に書き込むが、ほんの一瞬遅かった。
「きゃあああああ!」
いち早く逃げ出したシギィとその配下の兵士たちを除いた、女王軍と叛乱軍の兵士たち。
そのすべてが、崩れる瓦礫と共に、峡谷へと落ちていったのだった……。
|

「アンネロッテ、0点」
かつて、アンネロッテを鍛え上げた師匠が言った言葉が、彼女の薄れゆく意識の中に蘇っていた。
あれは確か、師匠の森に珍しく雪が降った日の朝。
師匠はアンネロッテに雪玉を投げ、それを剣で受けようとしたアンネロッテは顔中を雪まみれにした。
それを見て、師匠は言ったのだった。
「わが弟子よ。剣は確かに切るためのものだ。だが、雪玉を切ろうとしてもそれは二つに別れてお前の顔に当たるだけ。判るか?」
「じゃあ、どうすればいいんですか?」
ふてくされて問うたアンネロッテに、師匠は雪玉を投げろといい、アンネロッテはその通りにした。
「えいっ!」
そうして彼女は、目を丸くする。
師匠が剣を軽く振ると、雪玉は割れること無く弾道を逸らし、師匠の脇へと落ちたのだ。
「ただ当たるものすべてを切るのでは、剣はその役割の半分も果たしていないことになる。切るべきものを切り、切らぬべきものは切らぬ。それができる者こそが、100点の剣士というものだ」
「どうしたら、そのようになれるのですか?」
「強くなることだ」
師匠はこともなげにそう答えた。
「弱ければ、切るべきものを切れずに斃れることになる。中途半端に強ければ、切るべきでないものまで切り、後悔に苛まれるだろう」
そう言ってから、師匠はふっと笑み、付け加えた。
「わたしもこの歳になってようやく判ったことだ。そのためには、苦難が訪れても立ち止まってはならない、今やるべきことを精一杯やるのだ」
そうして、師匠は最後にこう言ったのだった。
「“力”に飲まれるな、アンネロッテ。お前の剣が何を切るのか、お前自身が支配しなくてはならない」
師匠……わたしは、ダメです……。
剣を……破壊の衝動を、抑えることができなかった……。
わたしの中の……もうひとりの、わたしが……。
魔人の血が……それを、許してくれないんです……。
- つづく -
ストーリーテキスト:松智洋、イラスト:えぃわ
|

|