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『クイーンズブレイドリベリオン』イラストストーリー~激動編~第2話
2009年 12月 16日(水曜日)

第2話

激動編 第2話「異端審問官シギィ」

神よ……。
この世界には、あなたの愛が理解できない、哀れな者が多すぎます。
だから、私は教えてあげなくてはならないのです。
神の光は、選ばれし者だけに降るのではなく……全ての者に、そう、神に仇なす、悪魔と呼ばれるような存在にすら注がれているのだということを。
あなたの愛を……この身で、彼らに教え、伝えるのが私の使命。
ですから、神よ……。
どうか、私を……私の戦いを、見守っていてくださいませ……。




王都にその日、嵐が吹いた。
「待たれよ!」
矛槍を交差させ、衛兵達が目前の闖入者を阻み、誰何する。
「ここより先は女王クローデット様のおわすガイノス城! 何人たりとも理由無く立ち入ることは許されぬ!」
殺気すら孕んだ声音を眉一つ動かさずに受け止めているのは、修道女の姿をした一人の若い女だった。
美しく豊かな金髪と、弾けそうなほど瑞々しい肢体とを僧服のうちに収めた立ち姿は、アンバランスでありながら、どこか有無を言わせない雰囲気をその身にまとっている。
聖印を象った槌矛は、彼女が神官戦士であることを示していた。ごてごてと飾らずに最小限の鎧だけを僧服の下に着込んでいる様子からは、彼女の自らに対する信頼のほどが見え隠れする。
彼女が歩くときにわずかに聞こえる鎖がすり合うような音だけが、優雅にすらみえる立ち居振る舞いの中で異質だった。
「何人たりとも? 理由無く?」
静かに、彼女の唇が衛兵の言葉を繰り返す。
「う……っ」
物静かで優雅な物腰とは裏腹に、声に込められた威圧感。それに気圧されて、衛兵たちは一歩後ずさってしまった。
「通していただきますわ、この奥に、用がありますの」
修道女が繰り返したその言葉に、衛兵たちはもはや抗うことはできなかった。




数分の後。修道女の姿は、ガイノス城の最奥、玉座の間にあった。
「闖入者とは聞いておったが……まさか、このようなお客人じゃったとはな」
玉座についた女王クローデットの傍らで、その腹臣である“鋼鉄参謀”ユーミルが、そう呟いた。
「“異端審問官”シギィ殿……! 教王庁直属の精鋭部隊を率いるはずのおぬしが、何故このような真似を?」
「火急の用ゆえ、使者を送るいとまも惜しかったのです。無礼を謝る必要は、ありませんわよね?」
「……確かに」

表情を変えぬままユーミルが歯噛みする。
国教を守り広めるために存在する中央教王庁は、それ自体が一つの独立国家のごとくに扱われ、上級司祭ともなれば完全な治外法権すら認められる。
例え女王であったとしても、道に外れた異教に染まっていたのなら、教王庁には裁く権利が与えられるのだ。
「私がここにやって来た理由、クローデット女王ならば、判っているのではありませんか?」
「………………」

シギィの問いに、クローデットは答えない。



「神の前に、黙秘の権利は存在しません。あなたが答えないのなら、神のご威光をもってしてでも……」
シギィが眼を細め、槌矛を握り直す。
「たとえ相手がおぬしであろうとも女王陛下が膝を屈するわけにはいかぬ。ミリム、代わりにお相手をして差し上げるのじゃ」
「は……はいっ!」

名を呼ばれ、慌てて飛び出して来たのは“超振動戦乙女”ミリム。“鋼鉄参謀”ユーミルがその錬金技術の粋を尽くして作り上げた超振動剣と超振動鎧を身に着けることで、まったく戦いの心得など無いにも関わらず一流剣士をも凌駕する戦闘能力を得るに至った、単なる村娘である。
「あっ、あなたに恨みはありませんが、戦わないと故郷の家族がひもじい思いをするんですっ……諦めて、やられちゃってください……ええ~いっ!」
素人が見てもそれと判るほどのへっぴり腰でミリムは剣を振りかぶり、シギィ目掛けて駆け寄りながら振り下ろす。
「まるで素人ですわね」
呆れたように言いながら、あっさりと身体をかわすシギィ。
だが、大剣が石の柱に触れる寸前、ミリムの鎧、胸部と腰部に設置された超振動クリスタルが輝き、剣から低いうなりが漏れる。
「ひゃあうんっ!」
エネルギーの逆流によってミリムが思わず声を上げる。同時に、彼女の剣はまるで熱したナイフでバターを撫でたかのように、石柱をすっぱりと切り取ったのだった。
「これは……錬金のわざ、ですわね」
なめらかな切り口を見て、シギィが呟く。
「さよう、我が知識と技術のすべてを費やした、最強闘士人造計画。その第一号実験体が、このミリムじゃ」
胸を張ってそう答えたユーミルを見て、シギィの目が細められる。
「錬金のわざは、神の摂理に背く異端のわざ……この“異端審問官”のわたしに対してそれを公言するとは、なかなかの度胸と言わざるを得ませんわね」
「ふん、なんと言おうとも、神の教えで人の進歩を止めることなどは誰にもできぬ! ミリムよ、地上界の知恵の神髄を、異端審問官どのにお教えしてさしあげるのじゃ!」
「え、は、はい……ご、ごめんなさいっ……こ、これもお仕事なんですうっ……!」

ミリムが謝罪しながら、再び超振動剣を構えてシギィへと襲いかかる。
「ひああんっ!」
超振動クリスタルの責め苦に耐えながらシギィに打ち掛かるミリム。シギィは槌矛を持ち上げ、つぶやく。
「超振動戦乙女ミリム。判決、有罪」
そしてミリムの剣の根本、剣を持つ手首を打ち据えようとする。
「鉄槌による打擲を妥当といたします!」
「きゃあうっ!」

手首を折るつもりで叩き込んだ一撃!
だが、シギィの両手には、鋼鉄を殴ったかのような衝撃が返る。
「んくっ!」
痺れた手から槌矛を落とさぬよう、歯を食いしばりながら一歩下がるシギィ。
ミリムからの追撃を予想して身構えたが、それは杞憂だった。
「あ、ひゃあああ……っ……ひ、いあ、ああっ……!」
棒立ちのまま、ミリムは苦しげな、どこか切なげな声を漏らしている。
シギィの一撃による被害を受けている風ではない。ミリムの身体には、毛一筋ほどの傷も付いてはいない。
「わしの開発した超振動鎧に掛かっては、どんな攻撃も効かぬ! これぞ地上界の知恵と知識とが生み出した、新たなる時代の戦士の姿よ!」
勝ち誇ったように高らかに宣言するユーミル。その声を聞きながら、シギィは姿勢を正し、静かに答えた。
「そのようなものが、神のみわざを越えた人の叡智の産物ですか? ……まだまだ、あなた方は神の大いなる知恵について、理解しているとは言い難いようですね」
「なん……じゃと?」

単純な挑発に、ユーミルが歯を食いしばる。
「ミリム、異端審問官どのに教えて差し上げるのじゃ! お前のちからは、我が錬金のわざはその程度で終わりではないとっ!」
「は……はひっ!」

ユーミルに叱咤され、よろよろと剣を構え直すミリム。
みたびの攻撃を前にして、シギィは落ち着き払った様子で言い放つ。
「あなた方は、まだまだ判っておりません。神の御力を、そのご威光を。今こそ思い知らせてさしあげましょう……神に授けられたこの力、『聖なるポーズ』によって……!」
「いつまでそのご託が続けられますかな、ゆけ、ミリムっ!」
「や、やああああ~っ!」

横なぎに振り払われたミリムの剣を、しゃがんで避けたシギィが、そのままの勢いで地面に腰を落とす。
がらん、がらんと音を立てて、槌矛が地面を転がってゆく。
「今じゃ!」
シギィの動作を勢い余った尻餅だと思ったユーミルが、勝利の笑みと共に叫ぶ。
だが、その表情は次の瞬間、驚愕のものへと変化するのだった。
「な……なんじゃ、あれはっ!」
「『聖なるポーズ』……『畏怖』! 神のご威光に畏れなさい!」

武器を放り投げて座り込んだままのシギィが、両足首を自分で掴み、膝を胸元へと引き寄せる。
その姿を見て、これまで黙って成り行きを見つめていた女王クローデットが、ぼそりと呟いた。
「ほう……選ばれし上級神官のみがとることが許されると言われている、畏怖の『聖なるポーズ』……まさか、その使い手とはな」
「せ、『聖なるポーズ・畏怖』……? あれが、ですか、女王陛下……!」
「そうだ……古き教典に記された聖なるポーズを取ることにより、その身体そのものを神へと語りかける言語と化し……神と直接対話し、その畏怖の力を借り受ける技術だ」
「そのような古臭い技に、我が錬金術が破れようはずが……」
「甘いな、見ろ、ユーミルよ」
「なっ……!」

女王に促され、ミリムとシギィへと視線を戻すユーミル。
「ゆっ……ユーミル様あ……か、身体が……う、動きません~……」
倒れたシギィに追撃を加えようというポーズのまま、ミリムは硬直しているように見えた。
「なにをしているっ! それでも大陸最強の超振動戦乙女かっ! 戦え、戦うのじゃ!」
「だ、ダメですう~……こ、このひとが、こ、怖くて……う、動けません……ひ、ひい、ひゃああ……っ」

がらんっ!
ミリムの手から超振動剣が落ち、耳障りな音を立てる。
「ひぐ……ひう、ひうううう……」
恐怖におののく表情で、とうとう目から涙をこぼしながら、ミリム自身も膝を突いてしまう。
「な、なんと……いう、ことじゃ……!」
あまりの結果に、ユーミルはただそう呟くことしかできなかった。
指一本触れずに、ミリムを無力化したシギィ……いや、これこそが、この『聖なるポーズ』こそが、彼女の最大の武器なのだ。
「判りましたか……神のちからの前には、錬金術などはよちよち歩きの赤子も同然の、未熟でつたない技術であるということが」
『聖なるポーズ』を解いて立ち上がったシギィが、勝ち誇った風でもなく、淡々とそう言った。
「ぐ、ぐぬぬ……うぬぬぬぬぬ……こいつぅぅ……」
負けを認めたくないユーミルが、歯を食いしばる。
「ゆ……ユーミル、様あ……ご、ごめんなさい……」
「くそっ、キミはもう下がってろよ! シギィ殿、次はこのわしが相手じゃ!」
「待て、ユーミル」

戦斧を構えたユーミルに、女王が静かに声を掛け押しとどめた。
「し、しかし、陛下……!」
「我が配下の者たちが無礼をした、許されよ……“異端審問官”シギィ殿」
「本来ならば、異端のわざを使う者として、女王とその軍を断罪することも可能ですが……女王陛下自らそうやって頭を下げられるのであれば、ここはひとまず引き下がることもやぶさかではありませんわ……それよりも重要な、聞きたいことが、ありますので」

『今は見逃してやろう』という雰囲気を口調ににじませながら、シギィはそう言った。そもそも錬金術が異端であることは、あくまでシギィ本人の持論であり、中央教王庁の公式見解ではない。しかし、この場でその脅しは鋼鉄参謀がしぶしぶ話を聞く態勢にするために一定の効果があったようだ。
「今、あなた達にお聞きしたいのは、他でもありません……あなた達女王軍が先だって出会ったという、『魔人』について……です」
その言葉を聞いて……クローデットは静かに頷くと、常と変わらぬ無表情のまま、答えたのだった。
「その通り。“叛乱の騎士姫”アンネロッテ……魔人の血を引き、魔物たちを率いる邪悪な軍団の首領……彼女は我等の敵だが、それ以上に教王庁の敵となるだろう」
ゆっくりと、クローデットが言う。その表情にどこか邪なものを見た者は、ただの一人もいなかった。




「なるほど……確かに、アンネロッテという者は魔神の血を受け継いだ人間……魔人のようですわね」
クローデットが語る、アンネロッテとの戦いの物語を聞き終えたシギィは、ひとつ頷いてそう言った。
クローデットが王位に就いたのちに行った貴族制の廃止。それに抗って取り潰された、クロイツ辺境伯の遺児である、アンネロッテ。
王軍に叛逆したかどで追われるさなか、彼女は追いつめられ、そして体内に眠っていた魔人の血を覚醒させた。
常識を遙かに超えた力と、血を渇望する残忍さを併せ持った、“魔人”アンネロッテに、それまで優勢を保ち、追いつめていたはずの近衛軍は壊滅。
“牙を統べる者”エリナ、“超振動戦乙女”ミリム、王軍の誇る二大戦力を打ち倒し、“鋼鉄参謀”ユーミルに撤退を余儀なくさせたその力は、確かに人間のものとは思えなかった。
「しかし……今ここで聞いた話だけで、彼女を魔人だと決めつけ、断罪するわけにはいきませんわね」
シギィが何かを言おうとしたユーミルを視線で制して続ける。
「ですから……判りました。わたしが自らの目で、“叛乱の騎士姫”アンネロッテの正体を見極めに参りましょう」
そっと目を閉じ、神に伺いを立てるように唇を結ぶシギィ。
一瞬の瞑想を終えて再び開かれた瞳には、確かな決意の光が宿っていた。
「もしも、アンネロッテが魔人であるならば……異端審問官として、彼女を裁かなくてはなりません」
そして……忘れてはいけませんよ、“雷雲の女王”クローデット。
心の中、シギィは付け加える。
あなたが、あなたの部下たちが使う錬金のわざ……それだって神に背いた異端の技術だということを、わたしは忘れていませんよ。
あなた方の敵が、わたしの敵であるかどうか……それはまだ判りませんが、あなた方は確かに、わたしの味方ではないのです。
そのことを……忘れてはいけませんよ。

- つづく -
ストーリーテキスト:松智洋、イラスト:えぃわ

 
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