|
2006年 11月 13日(月曜日) |
いろいろ探求してきました『萌え』シリーズ。 一口に『萌え』といっても、ホントにいろんな種類の『萌え』があり、多くの解釈がありました。 そしてその『萌え』は、単なるオタク世界だけのブームではなく、広く一般に良い意味で広まったわけですから、なんともスゴイことです。
しかし、ブームとして一般化されると、飽きられてしまうのも時間の問題。 つまりココから先、ブーム後に生き残ったものこそが『真の萌え』といえるのではないでしょうかッ!?
ということで萌えをまとめてみましょう。 なんでもかんでも『萌え』にしちゃおうよ!ってなやり方でココまで栄えた萌え産業。 しかし、世界感をとても大事にする我々オタクにとって、萌えがブーム化され商業ライクに消費されてしまうと、とたんとその想いは冷めてしまいます。 事実、オタクにとってツンデレや絶対領域はすでに死語扱い。これらのオタク的流行語は一般人が言い出した時点で終了なのです。(オタクのデレツンさが伺えますな)
しかし、たとえその言葉が消費されつくしたとしても、そのものの中身はしっかり生き残るもの。時代や流行に左右されずに、よいものはよいと大切にし、成熟させてきたのがオタク文化の本当の姿であります。 萌えもいつしか死語になってしまうときが来る。 でも、萌えの中身、萌えの感覚や気持ちは、他のナニモノでもなく『萌え』であり続けるのです。
このシリーズで探求したもの全て、根本的な『萌え』の気持ちはとにかくポジティブでありました。 その対象がちょっと個性的で、他の人には受け入れられないようなものだとしても、自分の好みにピタリと合ったならばそれすなわち『萌え』。
ストレートな『愛』という表現でも、欲望まじりの『好き』という表現ともちがう『萌え』として、さまざまなものが大切にされていました。 それこそ、草木が芽吹くような優しさと愛おしさがそこにあるわけです。 萌えの語源が燃えだとしても、言霊として表現される『萌え』に、感覚が変化してゆく。 オタク文化なんてバカにしてみても、そこにあるのはやっぱり純真さなのではないでしょうか。
たとえこの先、萌えブームが去ってしまったとしても、『萌え』の精神は忘れないようにいたいものです。 うむ、やさしい気持ちに『萌え』発見! アナタの『萌え』は発見できましたか?
(2006年11月13日 森永みぐ) |